【はじめに】
本シリーズは、筆者が、合併、会社分割、株式交換・株式移転(、事業譲渡)等の会社の組織再編の法務・登記を取り扱う中で気が付いた、実務上の注意点・重要点についての情報をご提供するものです。
前回は、吸収合併の消滅会社が許認可事業を行っている場合の注意点などについてまとめました。
今回は、我々のような専門家も含めて、組織再編の法務担当者が一般に最も気を遣う手続きである「債権者保護手続」についてご説明します。
今回も、組織再編のうち最も基本的な類型である吸収合併を例にとり、
■吸収合併により存続する会社(存続会社):A社
■吸収合併により消滅する会社(消滅会社):B社
としてご説明します。
また、A社・B社とも定款所定の公告方法が「官報」の会社であることを前提にご説明します。
【債権者保護手続とは?】
もし、自分(自社)がお金を貸しているB社が、吸収合併でA社に吸収されてしまうとしたら、どのように感じるでしょうか?
債権者として気になるのは、「A社からちゃんと返済を受けられるか?」ということではないでしょうか。
また、もし、自分がお金を貸しているA社が、吸収合併でB社を吸収するとして、B社が債務超過の場合はどうでしょうか?
「財務の良くないB社を吸収合併して、合併後もA社からちゃんと返済を受けられるか?」という点が気になるのではないでしょうか。
このように、吸収合併は、「債務者が変わる」・「債務者の支払い能力に大きな影響を及ぼす可能性がある」行為であるため、債権者にとって重大な利害関係があります。
このような債権者の利益を守るため、吸収合併の当事会社であるA社・B社は、吸収合併を行うのに際して、会社法上「債権者保護手続」を行うことが義務付けられています。
債権者保護手続は、債権者に対して吸収合併の概要を周知して、吸収合併に異議(文句)があれば、これを申し出る機会を確保するための手続きです。
吸収合併の概要を見た債権者は、吸収合併により自己の債権の回収ができなくなるとの危険性を認識すれば、債務者であるA社又はB社に対して異議を述べことができることになっています。
【債権者保護手続で債権者に周知する内容は?】
周知はA社・B社の両社が、自社の債権者に対して行います。
(どちらかだけが行うわけではありません。)
債権者保護手続で債権者に対して周知しなければならい事項は、下記のとおりです。
⑴吸収合併をする旨
⑵相手方の会社の商号及び住所
⑶A社及びB社の最終の貸借対照表の掲載場所など
※A社が行う債権者保護手続・B社が行う債権者保護手続のいずれにおいても、A社・B社両社の最終の貸借対照表についての言及が必要です。
⑷債権者が1か月以内に異議を述べることができる旨
※周知が行われてから1か月間は債権者が異議を述べることができるため、吸収合併の効力が発生しません。したがって、合併契約書に記載する効力発生日から遡って1か月より前に周知を行う必要があります。
具体的には後記の方法で、
――――――――――――――――――――――――――――――
当社A社(B社)と合併するので、これに異議があれば1か月以内に申し出てください。
最終の貸借対照表の開示状況は次のとおりです。
A社 ●●●●
B社 ●●●●
――――――――――――――――――――――――――――――
といった内容(☆)(※上記は概要です。)を、債権者に向けて提供します。
【債権者保護手続の周知方法は?】
債権者保護手続において、吸収合併の概要の債権者に対する周知は、どのような方法により行うのでしょうか?
下記の4種類の方法があります。
❶官報公告
官報(政府が発行している新聞)に、☆を掲載する方法です。
❷催告書
催告書(手紙)に、☆を記載して債権者に送る方法です。
手紙の様式(書留、内容証明など)は特に法定されておらず、普通郵便で問題ありません。また郵送料や封詰めの手間を削減するために、はがきを利用する場合もあります。
❸日刊新聞公告
日刊新聞(日本経済新聞、北海道新聞などの一般的な毎日発行される新聞)に、☆を掲載する方法です。
この方法で債権者保護手続を行うためには、定款所定の「公告方法」が、あらかじめ「当会社の公告は●●新聞に掲載してする。」と、公告を掲載する日刊新聞に変更され、変更登記が済んでいる必要があります。
❹電子公告
電子公告(WEBサイト)に、☆を掲載する方法です。
この方法によるためには、定款所定の「公告方法」が、あらかじめ「当会社の公告は電子公告により行う。」などと、電子公告に変更され、変更登記が済んでいる必要があります。
また、電子公告は、ただWEBサイト上に☆を掲載すればよいのではなく、所定の期間(⑷の1か月間)、本当にWEBサイト上に必要な情報が公開されていたことを、第三者機関に証明してもらう必要があります。
具体的には、法務大臣の登録を受けた電子公告調査機関に、調査を行ってもらい証明書を発行してもらいます。
電子公告調査機関については、法務省のWEBサイト で名簿が公表されています。
上記➊~❹のうち、➊は必ず行う必要があります。
➋~➍は、いずれかを➊と組み合わせて行います。
つまり、債権者保護手続における債権者に対する☆の周知は、
㈠➊+➋
㈡➊+➌
㈢➊+➍
の3種類の組合せから、いずれか一つを実施することとなります。
【どの組合せで債権者保護手続の周知を実施するか?】
では、上記㈠~㈢のうち、どの組合せを実施するのが良いでしょうか?
会社法上の原則は㈠です。
また、中小企業の多くが定款所定の公告方法を「官報」としており、このままだと㈡・㈢を採用することはできないため、この点からも多くの場合㈠が採用されます。
しかし、㈠による場合に、催告書の発送対象となる債権者をどのように決定するかにについては、議論の余地があります。
会社法には、催告書の発送対象債権者について「知れている債権者」(会社が認識している債権者)と規定されているのみで、「債権額○円以上」とか「催告書発送時点で支払い期限が到来している債権」といったように、金額・時期などについては規定されていません。
したがって、素直に解釈すれば、「催告書の発送時点で成立している(支払期限が到来しているかどうか不問)1円以上の全債権者」(☆☆)が、催告書の発送対象債権者となります。
しかし、☆☆による発送対象債権者の抽出には、
■発送対象数が膨大になる。
■日々の取引の中で債権の発生・消滅が繰り返される中で、☆☆の抽出が事実上不可能である。
などのデメリットがあるため、実務上は、「10万円」「100万円」など基準額を設定して、基準額以上の債権者を、発送日になるべく近いタイミングで抽出して、催告書の発送対象とするのが通常です。
「基準額をいくらにするか?」はA社・B社の状況によりますが、もし催告書を発送しなかった債権者から文句を言われても、一括で支払ってしまうことが可能な程度の金額とするのが一般的です。
上記のように、債権額での足切りを行っても、まだ発送対象債権者が多数存在すことはあり得ます。また、上記のような足切りは、法律上認められた方法ではないため、足切りを行うことが適切でないと判断する場合もあります。それらの場合は、㈡の方法によります。
この場合、上述のとおり、事前に定款・登記簿記載の公告方法が日刊新聞になっている必要があるので、事前に株主総会を開催して公告方法を変更し、公告方法の変更登記を行う必要があります。
日刊新聞の種類は、全国紙・地方紙など、なんでも問題ありません。
しかし、日刊新聞による公告は、一般に公告費用が高額です。
新聞の種類にこだわりがなく、公告費用をなるべく安く抑えたいという要請がある場合は、日刊工業新聞 が、公告費用が最安です。
また、㈠によらない場合で、公告を掲載するWEBサイトがあり、公告のアップロードなどの操作に不安がなければ、㈢によることもできます。定款・登記簿上の公告方法が電子公告になっていない場合は、事前に株主総会を開催して公告方法を変更し、変更登記を行う必要があることは㈡による場合と同様です。
また、この場合、電子公告調査機関に依頼して、法定の期間中公告が閲覧可能な状態が継続されていたことについて、調査を実施してもらう必要があります。
電子公告調査は、上記の法務省のWEBサイトから名簿を確認することができます。どの調査機関に依頼しても問題ありませんが、筆者はいつも電子公告調査㈱ に依頼しています。(同社は官報公告の取次ぎも行っているため、➊と➍をまとめて依頼することができて便利です。)
【債権者保護手続とスケジュール】
㊀吸収合併の効力発生日との関係
上記⑷のとおり、債権者は、上記㈠~㈢が実施されてから1か月は、会社に対して、合併についての異議を述べることができます。したがって、㈠~㈢が実施されてから1か月間は合併の効力が発生しません。逆に言うと、㈠~㈢は、吸収合併の効力発生日の1か月より前に実施することが必要です。
下記㊁~㊃の期間を計算に入れて、吸収合併の効力発生日の1か月前(★)までに、間違いなく㈠~㈢を実施できるようにすることが必要です。
㊁官報公告(➊)との関係
上記⑶のとおり、債権者保護手続には、A社・B社の最終の貸借対照表の掲載場所などを記載する必要があります。A社・B社が、いずれも直近の事業年度の貸借対照表について決算公告を実施していれば、⑶としては決算公告が掲載された官報・日刊新聞の掲載日・掲載頁(電子公告で決算公告を行った場合はURL)を記載します。
この場合、申込みから掲載までの期間は短く、申込みから中5営業日程度です。
一方、A社・B社が直近の事業年度について決算公告を実施していない場合、⑶として直近の貸借対照表の要旨を記載する必要があります。
この場合、申込みから掲載まで中14営業日程度を要します。
合併の当事会社であるA社又はB社が、直近の事業年度の決算公告を実施していない場合、債権者保護手続の官報公告の申込みから掲載まで、2週間程度の長期間を要する(★から1.5か月程度前に官報公告の申込みをする必要がある)点を認識しておくことが必要です。
筆者は、合併の話が持ち上がったら、すぐにA社・B社が直近の事業年度の決算公告を実施しているかどうかを確認し、していないようであればその時点で決算公告を行ってしまうことをおすすめしています。
㊂催告書(➋)との関係
★までに催告書を発送できるよう、発送先の債権者のリストの作成、宛名シールの印刷、催告書の封詰めなどを行う必要があります。
発送先が少数であれば短期間でできるでしょうが、発送先が多い場合はそれなりに時間がかかる作業と思われますので、余裕をもって準備を行うことが必要です。
㊃日刊新聞公告(➌)との関係
どの日刊新聞に公告を掲載するかにもよりますが、★の1週間~3日程度前までには公告掲載の申込みを行う必要があります。
具体的な日数については、公告を掲載する新聞社や指定の広告代理店に確認が必要です。
また、➌記載のとおり、事前に公告方法を変更する必要がある場合は、そのための株主総会・変更登記が、日刊新聞公告掲載までに実施されることが必要です。
㊄電子公告(➍)との関係
どこの電子公告調査機関に調査を依頼するかにもよりますが、電子公告調査㈱の場合、★の4営業日前までに電子公告調査の申込みを行う必要があります。
また、★までに債権者保護手続の内容が記載されたPDFファイルを、電子公告を行うWEBサイトにアップロードできるよう、自社で準備を行う必要がりあります。
また、➍記載のとおり、事前に公告方法を変更する必要がある場合は、そのための株主総会・変更登記が、電子公告開始までに実施されることが必要です。
※上記㊃㊄の場合に、今回行う合併のために公告方法を変更(定款変更)することの是非が話題に上ることがありますが、法律上特に問題はなく、実務上もよく行われます。
【債権者から異議が出た場合】
もし債権者保護手続を実施して、⑷の期間内に債権者から異議が出された場合どうしたらよいでしょうか?
・債務を弁済する
・債務の弁済を確保するための担保を提供する
・相当の財産を信託する
などの対応が必要です。
ただし、吸収合併を実施しても異議を提出した債権者を害する恐れがない場合は、上記のような対応は不要です。
異議を提出した債権者の債権の金額が少額である場合や、吸収合併をしてもA社の支払能力に影響がないような場合は、「害する恐れがない場合」に該当するでしょう。
【まとめ】
以上、吸収合併の債権者保護手続について、実務上の注意点をまとめてみました。
特に、【債権者保護手続とスケジュール】に記載したとおり、債権者保護手続については、吸収合併のスケジュールとの関連で考慮しなければならない事項が多数存在します。吸収合併のスケジュールを組むにあたっては、これらの事項をもれなく落とし込んで、間違いなく合併契約書に記載した吸収合併の効力発生日までに債権者保護手続が完了するようにすることが必要です。(債権者保護手続が完了しないと、予定していた効力発生日に吸収合併の効力が発生しません。)
吸収合併の話が持ち上がったら、早い段階で専門家にA社・B社の定款・登記簿・決算公告の実施の有無などを確認してもらい、スケジュール組みの段階から関与してもらうようにしましょう。
(吸収合併のスケジュール組みについては、次回ご説明予定です。)
【終わりに】
今回は、組織再編(吸収合併)の手続きのうち、債権者保護手続についての注意点をご説明しました。
次回は、吸収合併のスケジュール組みについて、ご説明します。
当事務所では、
・吸収合併、新設合併
・吸収分割、新設分割
・株式交換、株式移転
・事業譲渡
などの組織再編の法務・登記のご相談・ご依頼をうけたまわっております。
自社や関与先企業様についてのご相談などございましたら、お気軽にご連絡くださいませ。
司法書士法人第一事務所
司法書士 神沼 博充