【はじめに(前回までのまとめ)】
本シリーズでは、中小企業の「株式の分散」により、
➊連絡が取れない株主がいる。
➋譲渡に応じない株主がいる。
などが発生して、特にM&Aの場面などで支障をきたすことを想定し、その対処方法についてご説明しています。
前々号では、❶への対処方法として「所在不明株主の株式売却制度」を、
前号では❷(又は❶)への対処方法としての、スクイーズ・アウトの手法を大きく分けた、
㈠株主総会の決議を要する方法
㈡株主総会の決議を要しない方法
のうちの㈠として、「株式併合」を用いた手法をご説明しました。
本号では、スクイーズ・アウトの手法のうち、
㈡として、「特別支配株主の株式売渡請求」をご説明します。
【特別支配株主の株式売渡請求】
「特別支配株主の株式売渡請求」(以下「本制度」といいます。)とは、❶❷のような問題が発生している会社(対象会社)の総株主の議決権の90%以上の株式を保有している株主(特別支配株主)が、その他の少数の株式を保有する株主(売渡株主)の保有する株式を、その意向に関わらず強制的に取得する手続きです。
対象会社におけるスクイーズ・アウトを行おうとする場合、株式併合と比べて株主総会の決議が不要であるなど手続きが簡便です。
また、株式併合同様、❶への対処としても利用可能ですが、原則として特別支配株主の保有している株式以外の株式は全て取得の対象となりますので、行方不明の株主保有の株式だけを狙い撃ちにすることはできません。(この点は株式併合も同様です。)
(前々号でご説明した「所在不明株主の株式売却制度」は、行方不明の株主の保有株式だけが対象となります。)
なお、本稿は下記を前提に記載しております。
・株式の譲渡制限がある。
・株券を発行する旨の定めがない。
・取締役会がある。
・種類株式を発行していない。
・特別支配株主の議決権数要件について定款に特段の規定がない。
・新株予約権を発行していない。
・特別支配株主完全子法人(【0.要件】⑵の株主E)は存在しない。
【0.要件】
売渡請求を行う株主は、対象会社の特別支配株主である必要があります。
したがって、対象会社の総株主の議決権の90%以上を保有している必要があります。
この「90%以上」は、株主自らが直接保有している対象会社の株式のほか、自己が議決権の100%を保有している株式会社など(特別支配株主完全子法人)が保有してる対象会社の株式も参入することができます。
前号でご説明したとおり、株式併合の場合は、他の株主と共同して総株主の議決権の3分の2以上を抑えることでも実施が可能でしたが、本制度利用者は「特別支配株主」であることが必要であるため、「総株主の議決権の90%以上」には、資本関係がない他の株主が保有する議決権を合算することなどはできません。
したがって、どうしても本制度を利用する要請があるのであれば、事前に議決権が90%以上となるよう、対象会社の株式を取得することが必要です。
例)
⑴株式会社甲(発行済株式総数100株)
株主A:90株
株主B:7株
株主C:3株
⇒AはB、Cに対して本制度を実施可能。
⑵株式会社乙(発行済株式総数100株)
株主D:70株
株主E:20株
※EはDの100%子会社
株主F:10株
⇒DはF(・E)に対して本制度を実施可能。
⑶株式会社丙(発行済株式総数100株)
株主X:60株
株主Y:30株
※YはXによるスクイーズ・アウトに協力する。
※YはXの子会社等ではない。
株主Z:10株
⇒Xは(Yの協力を得ても)本制度の実施不可。
(株式併合であれば、Yの協力を得れば実施可能。)
上記の議決権の要件は、取得日までの全ての段階で満たされている必要があると考えられています。
また、後述のとおり、売渡請求を行う特別支配株主は、売渡株主に対して支払う資金確保の方法について対象会社に通知する必要がありますので、これを決定しておく必要があります。
その他、対象会社が新株予約権を発行している場合、新株予約権も本制度による売渡の対象とすることができますが、本稿では説明を割愛します。
【1.売渡請求通知】
手続き開始のきっかけとして、特別支配株主が対象会社に対して本制度を利用することを通知します。
通知する事項は、
・本制度を利用する旨
・売渡株主に対して支払う金額(売渡対価)
・取得日
・売渡対価の確保の方法
などです。
【2.対象会社の承認(取締役会の決議)】
【1.売渡請求通知】を受けた対象会社は、本制度を実施するかどうかについて、会社として意思決定を行います。
この意思決定は、取締役会の決議で行います。
取締役会としては、売渡株主にとって不利益となることがないよう、売渡対価の相当性・売渡対価交付の確実性などに考慮して承認を行う必要があります。
【3.売渡株主に対する通知】
本制度を実施することを意思決定した対象会社は、売渡株主に対して、本制度を実施することを通知します。
通知する事項は、
・本制度を行うことを承認した旨
・特別支配株主がだれか?(氏名・名称、住所)
・売渡対価
・取得日
などです。
この売渡株主に対する通知は、取得日の20日前に行う必要があります。
【4.事前開示】
売渡株主に対して、本制度の重要事項を開示する手続きです。
対象会社の本店に、一定の事項を記載した書類(事前開示書類)を備置きします。
売渡株主から、「見たい」や「写しが欲しい」との申し出があったら対応します。
事前開示は、
・【3.売渡株主に対する通知】の日から
・取得日後1年を経過する日まで
行う必要があります。
事前開示書類に記載する必要がある事項は、
・本制度を行うことを承認した旨
・特別支配株主がだれか?(氏名・名称、住所)
・売渡対価
・取得日
・売渡対価の確保の方法
・売渡対価の相当性
・売渡対価の確保の方法の相当性
などです。
事前開示書類を見ることで、【3.売渡株主に対する通知】と相まって、売渡株主は、
・どこの誰が自分の株式を買い取るのか?
・売渡対価(買取金額)はいくらか?
などを認識することが可能となります。
もし、売渡株主が売渡対価に不満があれば、後述の価格決定の申立てを行うこととなります。
【5.取得日】
取得日に、特別支配株主が売渡株主から株式を取得します。(売渡株主⇒特別支配株主という株式の移転の効力が発生します。)
対象会社が株式の譲渡制限に関する規定のある会社であっても、改めて売渡株主から特別支配株主への株式の移転について、対象会社の譲渡承認は不要です。
また、特別支配株主は、売渡株主に対して売渡対価(買取金額)を支払います。
(ただし、売渡対価の支払未了でも、特別支配株主は、取得日以降は、売渡株式等に基づく株主権を行使できます。)
【6.事後開示】
本制度の顛末を開示する手続きです。
一定の事項を記載した書面(事後開示書面)を、会社の本店に備え置きます。
株式併合の取得日後遅滞なく開始し、1年間継続する必要があります。
【7.売渡株主の保護】
ここまで見てきたように、本制度は、少数株主の株主権を強制的に奪うことが可能な強力な手続きです。
従って、会社法上下記のような株主保護が定められています。
⑴株式併合をやめることの請求
売渡株主は、以下のいずれかに該当する場合で、売渡株主が不利益を受ける恐れがある場合は、取得日までの間、特別支配株主に対して本制度の実施をやめることを請求することができます。
・法令に違反する場合
・本制度の手続きに不備がある場合
・売渡対価が対象会社の財産の状況などに照らして著しく不当である場合
⑵価格決定の申立て
売渡対価に不満のある売渡株主は、裁判所に対して価格決定の申立てを行うことができます。
申立てを行うことができるは、取得日の20日前から取得日の前日までです。
⑶無効の訴え
売渡株主などは、特別支配株主に対して、取得日から1年以内に訴えをもって特別支配株主の売渡請求手続きによる特別支配株主の株式の取得の無効を主張することができます。
どのような場合に訴えを起こすことができるかについて、明示規定は設けられていないため、解釈にゆだねられますが、
・特別支配株主の持株数の要件を満たしていない
・手続きの瑕疵
・売渡対価の著しい不相当
などの場合は、訴えを起こすことができる場合に該当すると考えられています。
【まとめ】
以上、特別支配株主の株式売渡請求の手続きについてご説明しました。
まとめとして、冒頭でも少し触れましたが、スクイーズ・アウト目的の株式併合との比較を少し行います。
・株式併合は対象会社が主体となって行う手続きである一方、本制度は特別支配株主が起点となり対象会社を経由して行う手続きです。
・株式併合は議決権総数の3分の2以上(他の株主と共同でも可)を抑えれば実施可能ですが、本制度は原則として議決権総数の90%以上を単独で保有している必要があります。
・株式併合の場合は株主総会の決議が必要でしたが、本制度では不要です。
・株式併合では少数株主の保有株式は一株未満の端数となり、端数処理の規定にしたがって売却されます。一方、本制度では、少数株主(売渡株主)の保有株式は、従前の株式数が維持されたまま特別支配株主が買い取ります。
全体としては、本制度の方が株式保有についての要件が厳しい一方、手続きは簡素で完了までに要する期間も短くて済みます。したがって、スクイーズ・アウトを試みる株主が対象会社の議決権の90%以上を保有する特別支配株主である場合、本制度を優先するのが通常です。
【ご案内】
今回は、「『株式の分散』への対処について」の第3回目として、「特別支配株主の株式売渡請求」について、ご説明しました。
本シリーズでは、今回まで、既に株式の分散が発生してしまっていることを前提に、その対処方法をご説明してきました。
次回(以降)は、「そもそも株式の分散が発生しないようにするにはどうしたらよいか?」との問題意識のもと、株式の分散が生じないようにする事前の対策をご説明します。
相続人に対する株式売渡請求制度や、取得条項付株式などについてご説明の予定ですので、よろしければご一読くださいませ。
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