本シリーズでは、中小企業の「株式の分散」により、
➊連絡が取れない株主がいる。
➋譲渡に応じない株主がいる。
などが発生して、特にM&Aの場面などで支障をきたすことを想定し、その対処方法についてご説明しています。
前号までに、株式の分散が既に発生してしまっている状況について、
➊への対処として、
・所在不明株主の株式売却制度
➋(又は➊)への対処として、
・株式併合
・特別支配株主の株式売渡請求
をご説明しました。
本号からは、そもそも➊➋のような問題の原因となる「『株式の分散』を発生させないためにはどうしたらよいか?」との問題意識のもと、株式分散防止の未然対策として、
㈠相続人に対する株式売渡請求(本号)
㈡取得請求権付株式(次号)
についてご説明します。
いずれも、一定の場合に会社が株主から株式を取得することを可能とする制度であり、株式の分散防止に役立てることができます。
【相続人に対する売渡請求の概要】
筆者が日ごろ関与する企業(株式会社)のほとんどは、定款に「株式の譲渡制限に関する規定」(★1)を置いています。
★1は、「当会社の株式を譲渡によって取得するには、取締役会の承認を受けなければならない。」などと定款に規定され、登記簿にも記載されます。
これにより、株式の譲渡について会社の承認が必要となり、会社にとって好ましくない者が株主となることを防ぐことが可能です。
株式の分散予防という観点からすれば、株式が無制限に拡散するのを防ぐことができます。
しかし、★1の規定により会社の承認を必要とすることができるのは、株式の「譲渡」(売買・贈与など)に限られます。
従って、譲渡以外の原因による場合は、★1の規定では株式の移転を制限することができません。
「譲渡以外の原因」の典型例は、株主に相続が発生した場合です。
株式は株主の財産ですので、株主が死亡すると、株式は株主の相続人に相続され、以降株主の相続人が株主となります。
相続人が複数の場合、誰が株式の相続人になるかは、相続人間の話し合い(遺産分割協議)により決定されます。
相続人としては、遺産分割協議により、相続した株式について、
・相続人中の1名に帰属させる。
・半数を相続人A、半数を相続人Bと複数に帰属させる。
・全部を相続人AとBの共有にする。
など、自由に帰属先を決定することができます。
従って、株主に相続が発生した場合、★1の規定だけでは、
・誰が株主となるか?
・何人が株主となるか?
など株式の帰属については、会社がコントロールする余地はありません。
株主に相続が発生した場合における株式の帰属について、会社がコントロールを及ぼすことを可能とするのが、「相続人に対する株式売渡請求」の制度(以下「本制度」といいます。)です。
本制度は、株主に相続が発生した場合に、会社から株主の相続人に売渡請求を行うことで、相続された株式を会社が強制的に取得する手続きです。
これにより、相続による株式の移転の場合においても、★1の規定同様会社にとって好ましくない株主の侵入を防いだり、本シリーズのテーマである株式の分散が発生することを防いだりすることが可能です。
以下、概要をご説明します。
なお、本項では、
・株式会社甲
の株主である自然人
・A
に相続が発生し、Aの相続人である、
・X
が、甲の株式を相続したという事例設定のもとに、以下ご説明します。
(株主が法人である場合に、その株主に合併や会社分割があった場合も本制度の対象となりますが、本項では説明を割愛します。)
【要件】
本制度を利用するためには、甲の定款に、本制度を利用することができる旨の定款規定(★2)が存在することが必要です。
自社の定款に★2として「当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。」との規定があるかどうか確認してください。
現在定款に、★2の規定が存在しない場合は、本制度を実施する前提として定款変更を行い、★2の規定を設定する必要があります。
なお、★2の定款規定を設定することができるのは、譲渡制限のある株式についてだけです。従って、現在株式の譲渡制限がない会社が★2の規定を置くには、遅くとも★2と同時に★1の規定を置く必要があります。
【手続き】
(0) 相続の発生・取締役会の決議
株主Aについて相続が発生した事実を甲が認識することが、本制度利用のきっかけとなります。一般的には、従前Aだった株式の名義をXへ変更す旨の株主名簿の名義書換請求により、甲が相続発生の事実を認識することとなるでしょう。
上記を受けて、甲としてXに株式が帰属することを良しとせず、本制度を利用しようとする場合には、取締役会を開催して本制度を利用することについて決議を行うとともに、後記⑴の株主総会の招集を決定します。
⑴ 株主総会の特別決議
本制度を実施するには、株主総会の特別決議が必要です。
特別決議ですので、決議要件は、下記の両方を満たす必要があります。
①議決権を行使することができる株主の議決権の過半数を有する株主が出席すること。
②出席した株主の議決権の3分の2以上が賛成すること。
Xは、この株主総会において議決権を行使することができません。 従って、甲の株主が下記のような構成だった場合、
・株式会社甲
発行済株式総数:1000株
・株主
X:100株
B:400株
C:300株
D:200株
X(100株)を除いた900株を基準に①を判断します。 この事例では、B~D保有の900株のうち451株以上の株主が出席すれば①が満たされます。
そして、B~D全員が出席した場合、900株のうち600株以上が賛成すれば、②も満たされ議案が可決されます。
決議事項は下記のとおりです。
・売渡請求の対象株式の数(Xの保有株式数)
・売渡請求の相手方が誰か(Xの氏名・住所)
⑵ 売渡請求
⑴の株主総会特別決議が成立したら、甲がXに対して、売渡請求を行います。
売渡請求は、甲がAが死亡したことを知った日から1年以内に行う必要があります。
売渡請求は、法律上は形式は定められていませんが、上記の「1年以内」や⑶記載の「20日以内」が守られたことが客観的に分かるよう、内容証明郵便などの書面を利用するべきです。
また、上記の「1年以内」が近づいているものの会社として本制度を利用するかどうかの判断がつかない場合には、このXに対する売渡請求は株式の価格が決まっていなくても行うことができ、また会社はいつでも売渡請求を撤回することができるので、「とりあえず」売渡請求を行うという対応を取るべきです。
売渡請求を受けたXは、Aから相続した株式の売渡しを拒否することはできません。
⑶ 価格の決定
対象株式をいくらで取得するかは、甲とXとの協議で決定します。
協議が成立しない場合、甲又はXは、裁判所に対して価格決定の申立てを行うことができます。
価格決定の申立ては、⑵売渡請求の日から20日以内に行う必要があります。 もし、この期間内に甲X間の協議が成立せず、価格決定の申立ても行われない場合、今回行った売渡請求は効力を失ってしまいます。
従って、本制度を利用する場合、甲としては、20日の期間内に価格決定の申立てを行うことができるよう、売渡請求を行うのに先立って、価格決定の申立ての準備(申立書の作成、株価の算定など)をしておくことが必要です。
⑷ 対価の支払い
協議又は価格決定の申立てにより株式価格が決まったら、甲はBに対して、その金額を支払います。
【まとめ】
以上のとおり、本制度は、会社が「株式を相続してほしくない」と考える相続人から、強制的に株式を取得することができる手続きです。
譲渡以外の原因による「株式の分散」を発生させないための事前対策として、有効な手段と考えて良いでしょう。
また、「相続開始を知った時から1年間」の売渡請求を行うことができる期間と、「売渡請求の日から20日以内」という価格決定の申立てを行うことができる期間に注意すれば、手続きはそれほど複雑ではありません。
一方で、3⑴でご説明したとおり、本制度を利用するための株主総会の特別決議の要件には、相続された株式(Xの保有株式)はカウントされません。
従って、3⑴の事例(Xが少数株主である場合)ではなく、次のようにXが大株主だった場合にも、
・株式会社甲
発行済株式総数:1000株
・株主
X:700株
B:150株
C:100株
D:50株
BとC又はDが協力すると、大株主であるXに対して本制度を仕掛けて、Xの株式を甲が取得することが可能です。
本制度を利用して、少数株主が大株主を追い出すことができるのです。
本制度による株式取得価格は分配可能額の範囲に限られるため、一般に大株主の株式を取得するための財源確保が難しいことなどから、実際に行われる可能性は低いように思われますが、可能性がある以上は、本制度利用の前提として、定款へ★1規定を置くかどうかの判断は、会社の状況や株主の構成などから慎重に行うべきです。
【ご案内】
今回は、「『株式の分散』への対処について」の第4回目として、「相続人に対する売渡請求」について、ご説明しました。
次回は、本シリーズの最終回として、取得条項付株式についてご説明します。
当事務所では、株式の分散問題への対応の他、M&Aに関連して、
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