【はじめに(前回までのまとめ)】
本シリーズでは、中小企業の「株式の分散」により、
➊連絡が取れない株主がいる。
➋譲渡に応じない株主がいる。
などが発生して、特にM&Aの場面などで支障をきたすことを想定し、その対処方法についてご説明しています。
前号では、そもそも➊➋のような問題の原因となる「『株式の分散』を発生させないためにはどうしたらよいか?」との問題意識のもと、株式分散の未然対策として、
■相続人に対する株式売渡請求
についてご説明しました。
本号では、同じく株式分散の未然対策として、
■取得条項付株式
についてご説明します。
【取得条項付株式とは(概要)】
取得条項付株式とは、あらかじめ定めた一定の出来事(取得事由)が発生した場合に、会社が株主の同意なしに取得することができる株式です。
取得条項付株式は、種類株式の一種です。
一般に、種類株式としてイメージがつきやすいのは、
■配当優先株式:配当が優遇される株式
■議決権制限株式:議決権がない株式
などでしょう。
これらは、「配当が優遇」や「議決権がない」などが株式の内容として盛り込まれている種類株式です。
本稿のテーマである、
■取得条項付株式
も理屈は同じで、「会社が一定の出来事(取得事由)が発生した場合にその株式を取得することができる」ことが、株式の内容として盛り込まれている種類株式です。
種類株式の内容は定款に記載する必要があります。
■配当優先株式の場合
・優先配当の内容(「何円優先配当が受けられるか?」など)
■議決権制限株式の場合
・議決権制限の内容(「株主総会の全ての決議事項について議決権がない。」など)
などを、定款に記載します。
■取得条項付株式の場合は、
・取得事由(「どんな出来事が発生したら会社がその株式を取得できるか?」)
・取得対価(「株式を差し出すのと引換えに株主が受け取る対価の内容は?」)
などを、株式の内容として定款に記載します。
本稿のテーマである株式の分散防止に引き付けると、役員や従業員の福利厚生の一環として、株式を保有させる場面を想定した場合、
・「当会社の役員を退任すること。」
・「当会社(の従業員)を退職すること。」
などを「取得事由」と定めておくことにより、
・自社に在籍中は、毎年の配当を受け取ってもらう。
・自社を退職したら、会社が株式を取得する。
ことができ、株式の分散を防止することができます。
前回ご説明した「相続人に対する株式売渡請求」の制度でも、株主である(あった)役員や従業員が死亡したタイミングでは売渡請求を行って会社が株式を取得することができます。
しかし、福利厚生目的で役員・従業員に株式を保有させる場合には、自社を退職する時には株式を回収したいと考えるのが一般的と思われます。
取得条項付株式であれば、株主が死亡する前であっても、会社が株式を取得することができる点がメリットです。また、相続人に対する株式売渡請求制度における少数株主による乗っ取りのリスクも、取得条項付株式では想定されません。
また、取得事由の設定の仕方によっては、退職以外の出来事により会社が株式を取得可能とすることもできます。
取得条項付株式の定款規定の例としては、以下のようなものが考えられます。
「当会社は、A種株式の株主が、当会社の取締役、監査役又は従業員でなくなった場合には、その有するA種株式を取得することができる。」
※A種株主が複数存在する場合に、上記のような規定方法の妥当性について疑問であるとする見解もありますが、登記実務では許容されており、実例も多数存在します。
【導入の手続】
種類株式の内容は定款に記載する必要があります。
従って、取得条項付株式を導入するには、株主総会を開催して、定款変更の決議(特別決議)を行う必要があります。
取得条項付株式の導入のために必要なその他の手続きは、
■取得条項付株式にするのは、
・今回新しく発行する株式か?
・発行済みの株式か?
■取得条項付株式にするのは、ある種類の株式の
・全部か?
・一部か?
などによって異なります。
以下、取得条項付株式の導入のための手続きを、場合分けしてご説明します。
⑴今回新たに発行する株式を取得条項付株式にする場合
<事例>
■株式会社甲
・発行済株式:普通株式70株
■株主
・A(社長):普通株式70株
■実施内容
・甲が、新たに取得条項付株式30株を発行してB(取締役)・C(従業員)に割り当てる。
<必要な手続き>
■株主総会の特別決議
・取得条項付株式の規定を新設する定款変更を承認
■株主総会の特別決議
・新株の発行を承認
※株式の譲渡制限に関する規定が存在する会社の場合です。
■その他新株発行の手続き(申込み・割当て・払込みなど)
⑵発行済みの株式を取得条項付株式に変更する場合
①ある種類の株式の全部を取得条項付株式にする場合
<事例>
■株式会社甲
・発行済株式:普通株式70株・A種株式30株
■株主
・A(社長):普通株式70株
・B(取締役):A種株式20株
・C(従業員):A種株式10株
■実施内容
・B・Cが保有するA種株式を取得条項付株式にする。
<必要な手続き>
■株主総会の特別決議
・取得条項付株式の規定を新設する定款変更を承認
■B・Cの同意
・自分たちが保有している株式に取得条項が付されることについて同意
※A種株式の株主全員(B・C)の同意が必要です。
■普通株式の種類株主総会の特別決議
・取得条項付株式の規定を新設する定款変更を承認
※株式の内容を変更する定款変更を行うには、内容が変更されない株式(普通株式)の種類株主総会の決議も必要な場合があります。
②ある種類の株式の一部を取得条項付株式にする場合
<事例>
■株式会社甲
・発行済株式:普通株式100株
■株主
・A(社長):普通株式70株
・B(取締役):普通株式20株
・C(従業員):普通株式10株
■実施内容
・B・Cが保有する普通株式を取得条項付株式にする。
<必要な手続き>
■株主総会の特別決議
・取得条項付株式の規定を新設する定款変更を承認
■甲とB・Cとの合意
・自分たちが保有している株式の内容を変更することについて合意
■Aの同意
※発行済のある種類(普通株式)の一部を取得条項付株式に変更する場合、変更対象の株主全員(B・C)と会社の合意の他、変更対象とならない株主(A)の同意が必要です。
重要な点は、発行済みの株式の全部又は一部を取得条項付株式にしようとする場合、会社の一存や株主総会の決議(多数決)でこれを行うことはできず、取得条項付株式にしようとする株式の株主(B・C)全員の協力(同意・合意)が必要ということです。
(また、一定の場合には、取得条項付株式への変更の対象とならない株式の株主についても、同意や種類株主総会の決議が必要です。)
役員や従業員に対して福利厚生の一環として自社の株式を保有させる場合、可能であれば当初から取得条項が付いた状態の株式を保有させる(上記⑴)のが好ましいですが、既に役員や従業員が株式を保有している場合は、福利厚生の趣旨を丁寧に説明して理解・協力を得ることが必要です。
【取得の手続き】
では、実際に取得条項付株式を取得する際の手続きはどのようになるでしょうか。
以下、
■株式会社甲
・発行済株式:普通株式70株、A種株式(取得条項付株式)30株
■株主
・A(社長):普通株式70株
・B(取締役):A種株式30株
■A種株式の取得条項
「1 当会社は、A種株式の株主が、当会社の取締役、監査役又は従業員でなくなった場合には、その有するA種株式を取得することができる。
2 当会社は、前項によりA種株式を取得するのと引換えに、前項の取得事由発生時における最終の貸借対照表の純資産額を発行済株式数で除して得られた額の金銭を支払うものとする。」
■Bが取締役を退任(監査役に就任せず、従業員にもならない)
という事例でご説明します。
⑴取得事由の発生
Bが取締役を退任したことが取得事由になります。
取得事由の発生時に、B保有のA種株式30株の取得の効力が発生します。
※A種株式30株は甲の自己株式となります。
⑵対価の交付
Bに対して、A種株式の取得と引換えに、対価の金銭(1株当たりの簿価純資産額×30株)を支払います。
※対価の内容が甲の株式以外である場合、対価の簿価が甲の分配可能額を超えているときは、取得の効力は発生しないので注意が必要です。
⑶取得事由の発生の通知
甲は、取得事由が発生したら、遅滞なくその旨をBに通知します。
※上記は、A種株式の全部を取得する場合ですが、A種株式の一部(B:20株、C:10株のA種株式を保有していて、Bが取締役を退任した場合など)を取得する場合は、取得に先立って、「一部」の決定方法の通知が必要です。
【まとめ】
役員や従業員に株式を保有させることは、勤労意欲の向上につながるとされています。また、働き甲斐の向上や福利厚生の充実は、労働力不足が深刻化する昨今において、優秀な人材確保の観点からも有用と考えられます。
一方で、株式の分散防止の観点からすると、役員・従業員に保有させる株式を取得条項付株式にするなどして、一定の場合には回収可能としておくことで、将来会社の経営を承継する場面などにも、備えることが可能です。
また、取得条項付株式に限らず、種類株式は、
■種類株式の導入・内容の変更の局面
・種類株式についての定款の規定方法
・株主総会・種類株主総会・株主の同意や合意の要否の判断など
■種類株式発行会社の運営の局面
・株式の取得の手続き
・株主総会・種類株主総会・株主の同意や合意の要否の判断など
と、考慮しなければならない要素が多岐にわたり、手続きが複雑です。
必ず導入の段階から、お近くの専門家(司法書士・弁護士など)に関与を仰ぐとともに、導入後も
・新たに種類株式を発行する。
・既存の株式の内容を変更する。
・新株を発行する。
・新株予約権を発行する。
・合併等の組織再編行為を行う。
などの場合は、毎回相談するようにすることが重要です。
【ご案内】
今回は、「『株式の分散』への対処について」の第5回目として、「取得条項付株式」について、ご説明しました。
本シリーズは今回で終了です。
次回からは、弊所の商業法人登記・企業法務部門の大沼吉裕司法書士による、「株式譲渡の実務」のシリーズを開始いたします。
引き続き、ご愛読いただければ幸いです。
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司法書士 神沼 博充 |