財産の所有者が認知症などを原因として判断能力の低下・喪失に至ってしまった場合に起こりうる、「財産凍結」への対策として認知されるようになった家族信託(※1)。前回の第一事務所通信から「家族信託」に関する情報をお届けしています。
家族信託は、不動産や金銭のみならず、「会社の株式」を信託財産として行われることもあります。今回はオーナー経営者の事業承継という観点から、株式の信託についてみていきたいと思います。
※1:「家族信託」は一般社団法人家族信託普及協会の登録商標です。
【今さら聞きづらい…株式の信託のキホン】
株式を信託する場合…(※2)
➊ 受託者による株式の管理・処分が開始されます
➋ 株主総会における議決権の行使は、受託者が行います
➌ 配当金や残余財産は、受益者が受け取ります
といった特徴があります。
※2:ここでは、委託者と受託者との間の契約による信託を想定しています。
・不動産や現金のほか、「会社の株式」を信託財産として、家族信託を行うことも可能です(※3)。
・株式を保有していることによって行使することができる様々な権利のうち、「株主総会における議決権を行使する権利」については、受託者が行使することとなります。
・株式を保有していることによって行使することができる様々な権利のうち、「配当を受ける権利」「残余財産の分配を受ける権利」については、受益者が行使することとなります。そのため、配当金・残余財産は、受益者が受け取ります。
・このように、株式は信託することによって、「議決権を行使する権利」と、「配当金・残余財産を受ける権利」とを、別々の者に行使させることが可能になるという特徴があります。
※3:上場会社の株式については、各証券会社における「信託された有価証券」を管理するための口座開 設体制が十分に整っているとは言い難く、まだまだインフラ面で実施が難しいことから、ここでは非上場会社の株式を想定しています。
【家族信託を利用したい具体例②】
「株価評価が低い今のうちに後継者に株式を贈与してしまいたいが、引き続き、会社の意思決定には関与していきたい」
・父(=現経営者):71歳。事業承継を意識し、株式を長男に移してしまいたいが、経営から退く意向は現在のところなし。
・長男(=後継者):46歳。経営者としての経験はまだ浅い。
・株価評価が低いタイミングを狙って、株式を早期に後継者に承継させてしまいたいというニーズ
・株式の譲渡後も、一定期間は引き続き会社の重要な意思決定(主に株主総会における決議)には関与していきたいという現経営者のニーズ
≪組成する信託の内容≫
◆ 現経営者から後継者への株式の贈与後、 委託者:後継者 / 受託者:現経営者 / 受益者:後継者 として、後継者と現経営者との間で信託契約を締結
◆ 信託財産:後継者が現経営者から贈与を受けた株式の全部
◆ 信託事務の内容(※4):株式を管理して議決権を行使すること、剰余金を受領して受益者に給付すること
◆ 信託の終了:委託者である後継者と受託者である現経営者が合意したとき
◆ 残余財産の帰属権利者(※5):後継者
・「株価の評価額が低い状態にあり、現経営者から後継者に対して、贈与によって株式を移転させるべき適切なタイミングである」、「将来の相続税がより低い税率となるよう、贈与税を支払ってでも現時点において株式を贈与するのが適切である」など、主に税務上の要請に基づくことが多いと思われますが、予め現経営者から後継者への株式の贈与などを行い、この株式贈与と同じタイミングで信託契約を締結します。
・信託の終了事由に「現経営者が後見開始(保佐開始・補助開始)の審判を受けたこと」を加えることにより、現経営者の判断能力が失われ、合意によって信託を終了できない場合に備えることができます。
※4:信託契約等に基づき、受託者において行うことができる事務の内容を指します。
※5:信託の終了時、受託者が管理していた信託財産を受け取ることになる者を指します。
【株式を信託する際のポイント】
株式の信託を行う場合、不動産や現金の信託を行う場合とは異なる、株式信託特有のポイントがあります。
≪知っておきたい株式信託のポイント➌選≫
➊ 譲渡制限付株式を信託財産とする場合の「譲渡承認決議」
・信託財産である株式が「譲渡制限付株式」である場合、信託するにあたっては会社法または定款の定めに従って、株主総会や取締役会などによる譲渡承認決議を得る必要があります。
➋ 株券不発行会社の株式を信託する場合の管理・登録
・信託財産である株式が「株券不発行会社の株式」である場合、その株式が信託財産に属している旨を、株主名簿に記載する手続きを行う必要があります。
➌ 議決権行使の内容を指示する「指図権者」の設定が可能
・今回ご紹介した事業承継事例と異なり、例えば株価評価が高額で、現時点での後継者への贈与が叶わず、しかしながら、高齢の現経営者の判断能力低下等による議決権行使の凍結が生じてしまわぬよう、
委託者:現経営者 / 受託者:後継者 / 受益者:現経営者
として、信託を組成する場面が考えられます。このとき、株主総会において議決権を行使するのは、経営者として経験の浅い「後継者」ですが、このような場面において、後継者の議決権の行使方法について「指図を与える者」を設定することができ、これを「指図権者」といいます。
後継者が受託者を務めることになるこのような事例でも、現経営者を指図権者とすることによって、経験豊かな現経営者の意思決定を会社運営に反映させることが可能となります。
—-【知っていますか?この数字】—————————-
“60.1歳”
帝国データバンクが全国94万社を対象として調査した、2021年1月時点における日本の社長の平均年齢(※6)。
帝国データバンクが調査する日本の社長の年齢は年々上昇しており、調査を開始した1990年以降、初めて60歳を上回ったとのことです。
早いうちから事業承継の具体的イメージを描き、後継者の選定・育成を進めていくことが肝心であることは、誰しもが分かっていることですが、後継者不足などを理由に、なかなか叶わない現実があることを物語っています。
廃業を免れて事業を継続し、従業員の雇用を守っていくためには、
➊ 親族への承継
➋ 役員(従業員)への承継
➌ 社外からの経営者招へい
➍ M&A
のいずれかの方法を選択していくことになろうかと思いますが、株主が認知症になってしまっては、自社株を引き継ぐ場面において、ベストな方法を選択できない恐れも出てきます。
早めの事業承継対策が必須です。
※6:2021年2月16日16:02配信 日本経済新聞 電子版「日本の社長平均年齢、初の60歳超え 事業承継に課題」より
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—-【もう一歩前へ!家族信託】——————————
Q.認知症になってから信託の効果が発生するような信託契約を、事前に締結しておくということはできますか?
A.手続き上の問題が起こり得るため、要注意です。
「実際に認知症になるまでは、株式や不動産の名義は自分のものとしておきたい」、「認知症になったその時から、名義を移転して受託者に管理してもらいたい」というご相談を受けます。
判断能力の低下をきっかけにして、信託の効力が発動されるような契約内容とすることはできますが、しかしながら信託の効力発動後、不動産であれば、認知症状が出ている委託者と受託者が司法書士に依頼するなどして、信託の登記を行わなければなりませんし、非上場株式であれば、認知症状が出ている委託者が単独で(会社法第136条)、または受託者と共同で(会社法第137条2項)、譲渡承認手続きをとらなければならず、信託の効力発動時、委託者が重度の認知症等であった場合には、これら信託財産であることを第三者に主張していくための対抗要件を備えることができなくなってしまいます。
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【ご案内】
司法書士法人第一事務所・行政書士第一事務所では、家族信託の組成・信託契約書の作成・信託登記のほか、
・遺言書作成
・不動産生前贈与
・任意後見契約書、死後事務委任契約書の作成
などの認知症対策・相続対策を通じて、皆様が幸せな生活を送るためのお手伝いをしています。
ご自身のことやご家族のこと、関与先様のことでご相談などございましたら、お気軽にご連絡くださいませ。
司法書士法人第一事務所
司法書士 工藤 皓也