財産の所有者が認知症などを原因として、判断能力の低下・喪失に至ってしまった場合における、「財産凍結」への対策として認知されるようになった家族信託(※1)。
死後の相続対策である「遺言公正証書」の作成件数と比較すると、まだまだ家族信託の組成件数は少ないようですが、それでも年々確実に増えてきているようです(※2)。
今回の第一事務所通信から「家族信託」に関する情報をお届けしていきます。
※1:「家族信託」は一般社団法人家族信託普及協会の登録商標です。
※2:2019年10月1日付 日本経済新聞「高齢者財産管理を家族に「民事信託」2223件 2018年」よると、日本公証人連合会の調べでは、2018年における民事信託の公正証書作成件数は2223件。対する遺言公正証書の作成件数は11万471件。また、2019年1~6月における民事信託公正証書の作成件数は、前年比22%増。
【今さら聞きづらい…家族信託のキホン】
「家族信託」とは…
➊自分(=委託者)が持っている財産(=信託財産/不動産、現金etc.)を、
➋信頼できる人(=受託者)に託し、
➌定められた信託の目的に従って、財産の管理・処分を行ってもらい、
➍特定の人(=受益者)がその利益を受け取る
という、財産の管理・処分・承継の仕組みです。
・「不動産」や「現金」のほか、「会社の株式」など、様々な財産を信託財産として、家族信託を行うことが可能です。
・家族信託を開始する方法はいくつかありますが、財産を持っている委託者と、その管理・処分を任される受託者との間の契約(=信託契約)によって開始する方法が一般的です。
・信託によって、受託者による信託財産の管理が開始されます。不動産や株式であれば名義を受託者名義に変更し、現金は通常、信託財産管理用の銀行口座に移して受託者が管理します。
【家族信託を利用したい具体例①】
「母が認知症などになってひとり暮らしができなくなったときには、実家を売却して、そのお金を施設の費用に充てたい」
・母:79歳。5年前に夫を亡くして自宅不動産を相続。以降、ひとり暮らし。
・長男:52歳。既婚。実家の母とは離れた地で暮らしている。持ち家あり。
・今現在は実家の売却を考えてはいない。母がひとり暮らしをできなくなり、施設に入るときに実家の売却が滞りなくできるよう、準備をしておきたいニーズ
・「法定後見制度」を利用したくないというニーズ
≪組成する信託の内容≫
◆ 委託者:母 / 受託者:長男 / 受益者:母 として、母と長男の間で信託契約を締結
◆ 信託財産:実家不動産、現金(※3)
◆ 信託事務の内容(※4):実家を母の居住用の用に供させること、実家の管理・処分、金銭の管理・交付
◆ 信託の終了:母の死亡まで
◆ 残余財産の帰属権利者(※5):長男(母の存命中に信託が終了した場合は母)
・お母様が健常のうちに、予め上記のような信託を組成し、受託者である長男に不動産の名義を変更しておくことにより、お母様が認知症となったり、入院したりした場合にも法定後見制度を利用することなく、受託者として実家不動産を管理している長男の判断により、不動産の売却が可能となります。
・信託契約それ自体はお母様の死亡時まで続きますので、受託者である長男は引き続き、不動産の売却によって得られた金銭を信託財産として、お母様のための管理を行っていくこととなります。
※3:受託者である長男において、固定資産税・都市計画税の支払いや、建物の修繕等を行うことを想定
し、通常は不動産のみならず、現金も信託します。
※4:信託契約等に基づき、受託者において行うことができる事務の内容を指します。
※5:信託の終了時、受託者が管理していた信託財産を受け取ることになる者を指します。
【「法定後見制度」の悩ましい点】
上記事例において、家族信託などの事前対策をとることなく、お母様の判断能力の低下等が進行してしまった場合、親族等が家庭裁判所に申立てを行い、成年後見人等(成年後見人、保佐人及び補助人)を選任してもらう「法定後見制度」を利用しての不動産売買が考えられます。
しかしながら、次のような法定後見制度の特徴から、法定後見制度の利用を避けたいと考える方が多いようです。
≪知っておきたい法定後見制度の特徴➍選≫
➊ 家族・親族が成年後見人等に就任できるとは限らない
・法定後見制度を利用する場合、管轄の家庭裁判所に申立てを行う必要があります。誰を成年後見人等として選任するかについては、家庭裁判所に決定権限があるため、必ずしも希望する親族等が成年後見人等に就任できるとは限りません。【後述:「知っていますか?この数字」】
➋ 成年後見人等による財産管理が開始
・成年後見人等が選任されることにより、財産の管理はご家族の手から離れ、本人の通帳等は成年後見人等に引き渡さなければなりません。
・それまでの習慣に基づいた支出であっても(例:入学祝いにまとまった金銭を孫に渡す)、本人のためではない支出は認められなくなり、成年後見人等と家庭裁判所が厳格に財産を管理します。
・成年後見人等には、親族に本人名義の通帳の残高を見せなければならない義務はありません。親族は本人の通帳残高を知りたくても、知るすべがないことになります。
➌ 成年後見人等の報酬が発生する
・弁護士や司法書士が成年後見人等に就任した場合、報酬が発生します。
・東京や横浜の家庭裁判所が報酬額の目安を公表しており、本人の財産額に応じて、月額2万円~6万円を基本報酬額の目安としています。
・月額報酬が仮に4万円であったとしても、1年間で48万円、10年間で480万円が成年後見人等の報酬で発生する計算となります。
➍ 原則、成年後見人等の財産管理が一生涯続く
・成年後見人等の本来的な役割は「判断能力が低下した本人に代わって財産管理を行い、また、法律行為を行うこと」です。そのため、成年後見人等を選任するきっかけとなった不動産売却や定期預金の解約、遺産相続手続きなどが終わった場合にも、引き続き、本人が死亡するまで成年後見人等の役割が続きます。
・弊所では、「服用薬の副作用が原因で判断能力が低下し、保佐人が選任されていた本人が、その薬の服用を取りやめたことによって判断能力が回復し、保佐人の取り消しを申し立てた事例」を担当したことがありますが、成年後見人等の役割が本人の死亡前に終了した稀な事例のように思います。
—-【知っていますか?この数字】——————————————–
“全体の約80.3%”
令和2年中に選任された成年後見人等(成年後見人、保佐人及び補助人)のうち、判断能力が低下・喪失している本人と、親族関係になかった者の割合。
後見開始等申立ての際には、「この者を成年後見人等に選任してもらいたい」と申立人が考える「候補者」を申し出ることができますが、最終的に誰を成年後見人等とするかについては、家庭裁判所にその決定権限があります。そのため、本人の親族が選ばれることがあれば、親族ではない者が選ばれることもあります。
1件の成年後見関係事件(※ここでは後見開始、保佐開始及び補助開始事件)において2人以上の成年後見人等が選任される場合もあるため、「申立事件全体の8割が、親族以外の者が後見人等に選任されて終わっている」とまでは言えませんが、親族は成年後見人等には選ばれにくい現状にあることには違いありません。
なお、「親族ではない成年後見人等」は、弁護士、司法書士及び社会福祉士の3資格が約8割を占めています。
出典:最高裁判所事務総局家庭局「成年後見関係事件の概況―令和2年1月~12月―」中、「8-1成年後見人等と本人との関係について」より
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—-【もう一歩前へ!家族信託】————————————————
Q.実家を信託した場合、どのような税金の発生が考えられますか?
A.自益信託と呼ばれる「委託者と受益者が同一人物/委託者=受益者」の形式の信託においては、税務上、経済価値の移動がないことから、契約書作成時の「印紙税」、所有権の信託登記のような「財産権の信託の登記・登録の場合の登録免許税」を除き、信託発生時・信託期間中の課税はありません。ただし、信託終了時の課税関係や、「特定委託者(みなし受益者)」がいる場合の課税関係には注意する必要があります。
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【ご案内】
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・不動産生前贈与
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司法書士法人第一事務所
司法書士 工藤 皓也